2018年の夏のある日、その秋にリリースする予定だった『Whale Living』という僕たちの3枚目のアルバムのジャケットの打ち合わせのためにサヌキさんが東京から京都にやってきた。思いつきで車を借りてドライブしながらアイデアを考えよう、ということになり、近所の駐車場でカーシェアの車を借りた。ドライブする前に本屋に寄ってなにかヒントになるような本を探そう、ということになって、僕が一番好きな誠光社というお店へ向かった。その時にふと目に留まったのが『moving days』という写真集だった。ぱらぱらとページをめくっただけで絶対にこの本は買わなきゃ、と思った。写真家の平野愛さんがいくつかの引っ越しに連れ添い、写真と文章で切り取ったその作品に僕は一瞬で心を奪われてしまった。そのときには、一年後に自分が京都を離れることになるとは考えもしていなかった(ちなみに今『moving days』は手に入れるのが難しくなっている)。
結局その日、僕たちは滋賀の大きなイオンモールまで車を走らせて、フードコートでドーナツを食べながらああでもないこうでもないと、アイデアを出し合って、その中の小さなひらめきから『Whale Living』のジャケットが生まれた。
それからちょうど1年が経った頃、僕は長年住んでいた京都を離れて、東京に引っ越すことになった。室町中立売の小さな1Kの部屋にぎゅうぎゅう詰めになっていた本やレコードをダンボールに片付けて、大量のバンドTシャツを思い切ってセカンドストリートに売りに行った。家具や家電のほとんどは働いていたレコード屋さんの先輩や友達に譲った。ダンボールとダイニングテーブルだけになった部屋で大切な人へ手紙の返事を書いた。食べ納めとばかりに、毎日カラシそばとかけ蕎麦ばかりを食べた。一乗寺や宝ヶ池に自転車で行って、なにげない街角を写真に撮った。部屋にいると寂しくなり過ぎてしまうから、出町柳のミスタードーナツで書き仕事をしたり、特に締切もないけれど、歌詞を書いてみたりした。いつの間にかコーヒーが飲めるようになった。次に住む町は小さな銭湯がないところだったから、最後の一週間は毎日、好きだった銭湯を順番に巡った。夜風に当たりながら自転車を漕いで中立売を帰っていると無性に寂しくなった。僕はその一週間ずっと何をしていても寂しかった。ほとんどの物はダンボールに早々に詰め込んでいたけれど、『moving days』とそのとき読んでいたルシア・ベルリンの『掃除婦のための手引書』だけはテーブルの上に置いていて、寂しくなりながらページをめくっていた。寂しさと不安と期待がごちゃまぜになっていたその頃、『moving days』は僕にとってお守りのような存在だった。
引っ越しの前日に業者のトラックがきて、5年間暮らした部屋は空っぽになった。ベッドとレコードと本棚に囲まれて、その真ん中にダイニングテーブルを置いていた、まったく空いたスペースがなかった部屋には、書類が入ったファイルと大きなリュック、そして『moving days』だけがぽつんと残っていた。その日の夜、レコード屋さんの送別会があって、龍門で朝まで中華を食べた。最後の食事が龍門で良かったと思った。なにもなくなった部屋に帰ってきて、少しだけ床に横になった。明け方雨が降ってきて、傘がないことに気がついた。どうしよう、と考えているうちにうとうとして、少し経って目が覚めると雨は止んでいた。不動産屋の人が来るまでの間、壁に背中をつけて『moving days』をゆっくりとめくった。引っ越しをしながら、引っ越しを切り取った作品を眺めるなんてなかなかない経験だなと思った。9時から11時の間に伺います、と言っていた不動産屋さんはきっかり9時に来て、僕はあっけなく部屋を出ることになった。まだ少し雨の匂いが残っていて、少しだけ涼しかった。最寄りの駅は歩いてすぐそこにあったのだけど、僕はなんとなくその次の駅まで歩いていき、烏丸丸太町のマクドナルドでシェイクだけを買って、電車に乗った。
なにもないまっさらな部屋で、全部の窓をあけて風を通しながらトラックを待った。その間にもその日に届くように注文しておいた新しい家具が少しずつやってくる予定だった。僕は、その日の朝にあの部屋でしたのと同じように床に座り、壁に背中を預けて『movimg days』を読んだ。『moving days』は部屋を離れる様子だけじゃなくて、新しい部屋の様子も描かれている。だから僕も、離れた部屋とこれから暮らす部屋のその両方でこの本を読みたかったのだ。まだ荷物が来るまえの、カーテンもついていない部屋で、ラグやカーペットで覆われる前のひんやりとしたフローリングの上で。新しい部屋は風がよく通る部屋で、そわそわした僕の気持ちをなでていくようだった。『moving days』のなかに、誠光社の店主でもある堀部さんの短い文章がある。それは引っ越した後、つまり新しい町ではじまる暮らしについての文章で、これからのことを考えながら読むにはあまりにもぴったりだった。
あれから1年半が経って、新しい町にも慣れてきた。自分が好きな家具を集めて居心地がいい部屋を作った。お気に入りのご飯屋さんもいくつか見つけたし、休みの日にふらっと寄るような本屋さんもできた。好きな通りもたくさんできた。夜遅く人の気配はなくても動き続ける工場や物流倉庫、川沿いの道から眺める向こう岸の窓たち、川面に灯りを落としながら走る電車と橋。かつて僕が住んでいた今出川の町にはなかったような景色もたくさんみつけた。部屋がいくつかある場所に暮らすようになって、生活も変わった。世界は予想もしなかったような状況になり、同じように社会も変わっていった。そして、移ろいゆく日々のなかで僕の中でも色々な変化があった。それをひとつひとつ歌詞にしていった。そしてそれが1枚のアルバムになった。
Homecomingsの『Moving Days』は僕の2年間の暮らしから生まれたものだ。町を離れて、新しい町にやってきたこと、そしてそこからはじまった新しい生活。そのなかで、カメラのシャッターを切るように集めてきた景色や感情やことばを集めて作ったアルバムだ。それはあの日手にとった一冊の写真集と同じようにしてできたものなのかもしれなかった。壁のメモに仮のつもりで書いていた『Moving Days』というタイトルがいつの間にか大きなものになっていき、そのままアルバムのタイトルになった。この2年半の間、僕は『moving days』とずっと一緒にいたのだと思った。
(Homecomings 福富優樹)
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